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“おひさま”で安曇野探訪ならぜひ遭難供養碑訪問を [おひさま]

過去エントリーで、ドラマ“おひさま”の安曇野空襲について記事を書いたのですが、
日々の検索ワードをチェックすると今でもほぼ毎日のように
“安曇野 空襲”とか、“有明小学校 空襲”とか、そういう検索でここの記事がヒットして
閲覧されているような状況が続いています。
それだけインパクトの強いドラマのワンシーンだったということでしょうか。
その過去エントリーでも書きましたが、あるいはのどかな農村の空襲が意外に思えたせいか。
おまけにYahooの知恵袋サイトで遭難記念碑の場所を聞く質問があって、
その回答にウチのブログが紹介されてたりなんかして。。。

というわけで、改めて遭難記念碑の場所などを案内します。
この夏、おひさまロケ地めぐりで安曇野を訪れるようでしたら、
フィクションの物語を楽しむだけで終わらせず、いまも有明の地に残る戦争の傷跡を訪問して、
歴史の悲しい事実に対して思いを寄せるきっかけにして頂ければと思います。

遭難記念碑
2011.6.30.おひさま5.JPG
2011.6.30.おひさま4.JPG


旧有明国民学校(現、江戸川区立穂高荘)から南方で、諏訪神社の鎮守杜の西方です。
目印として一番分かりやすいのは国重要文化財の曽根原家住宅。
曽根原家前の道をまっすぐ西に向かって走ればたどり着きます。

空襲で破損した石造
2011.7.13.空爆馬頭観音2.JPG
2011.7.13.空爆馬頭観音1.JPG


遭難記念碑より東方、有明のまちなか近く。
こちらは曽根原家住宅のすぐ傍にあるので分かりやすいかと思います。
ちなみにこの石造はネットなどでも道祖神との記載が見受けられますが
正しくは二体とも馬頭観音様です。
(すみません、自分も前エントリーは道祖神と書いちゃいました。訂正済みです。)
左が立像、右が坐像。坐像のほうは文化4年(1807)製作との年銘が残されています。

最後に、穂高と有明の空襲について
そしてこの町の人々が戦争とどう向き合って生活していたか、
それを語り継ぐために製作された一冊の本を紹介します。
2011.7.13.穂高町の十五年戦争.JPG
『穂高町の十五年戦争 町民がつづる戦争体験集』
(穂高町戦争体験を語りつぐ会編)
郷土出版社

街の本屋さんでさがすにはちょっと厳しいかもしれませんね。
安曇野市内の図書館には常備されています。
特攻隊員・上原良司の手記も掲載されています。
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